infiorataについて
 13世紀頃から、イタリア全土で ”コルプス・ドミニ(キリストの聖体の祝日)”に行列を行い、花を道に撒く習慣がありました。
1625年、サンピエトロ寺院の中で、モザイク風の花のデコレーションが始まり、同時に他の国々でも影響を受け、この頃よりデコレーションをする様になりました 。
ジェンツァーノ市では1782年、当時の神父ドン・アルカンジェロ・レオフレッディとニコラ・レオフレッディが街の中心のスフォルツァ通りで、花びらでデザインした花のカーペットを製作しました。戦後はリビア通りが中心となり、1983年頃から有名な画家達が参加し始めました 。
ミッソーニ(1992年)・ヴェルサーチ(1993年)・フェンディ(1994年)・ビイアジ オッティ(1995年)・マッティオーロ(1996年)・ジャッティノーニ(1997年)をはじめ、有名なファッションデザイナーやスタイリスト達も参加するようになりました。
イタリア国内をはじめ、日本(東京)・アメリカ(フィラデルフィア・ニューヨーク)・カナダ (トロント)・フランス(ルルド)等、世界中にて紹介されています。
イタリアをはじめ、ヨーロッパの各地で行われている「インフィオラータ」を日本全国にも紹介したく、東日本は、株式会社インフィオラータアソシエイツ、西日本は、株式会社ベイエリアが担当し、ジェンツァーノ市および、ジェンツァーノの花絵デザイナーと協働し、この素晴らしき文化イベントを輸入し普及に努めています。

■神戸でのインフィオラータ
1995年の阪神淡路大震災からの復興を願い、みんなで参加し、協働できる春のイベントとして1997年4月に神戸(三宮東)にて、日本でははじめて実施されました。その後、神戸の各地に広がり、2001年には、異人館で有名な神戸観光の中心の北野坂での開催となり、神戸では一気に春を象徴するイベントとして成長しました。





■東京でのインフィオラータ
2001年、晴海トリトンにてイタリアをイメージするイベントが開催され、そのシンボルイベントとしてインフィオラータが開催されました。
押し花をはじめ、花を使用した芸術作品に、花びらを使用した新しい芸術を日本に紹介し、その文化を発信していきたいとの願いもありました。






■2004年からジェンツァーノ市との交流がスタート
神戸のインフィオラータを制作している株式会社ベイエリアと、東京のインフィオラータを制作している株式会社インフィオラータアソシエイツは、偶然にも2004年のジェンツァーノにて出会いました。しかし、顔を合わせる程度でした。
それぞれ、ジェンツァーノ市との交流を申し入れ、それぞれが独自の方法にて交流を深めています。

■2009年から株式会社インフィオラータアソシエイツと、株式会社ベイエリアが協業し、日本全国へインフィオラータを普及させることで合意しました。

インフィオラータを、新しい花びらを使用した芸術作品として捕らえ、積極的な実施の提案を行っていた株式会社インフィオラータアソシエイツに、インフィオラータを、あくまでも阪神淡路大震災からの復興イベントとして捕らえていた株式会社ベイエリアが申し入れし、両者で日本全国への健全な普及発展を目指していくことに合意しています。

※インフィオラータの日本での健全な発展を目的とし、インフィオラータは商標登録をしています。
インフィオラータを名乗るイベントは、当方にて管理させていただきます。また類似のイベントは、当方は関与していません。

関東・インフィオラータアソシエイツ 関西・ベイエリア
GENZANO
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